東京学芸大学・自由が丘 - ヨガインストラクター資格養成スクール

【ヨガ哲学の小部屋】渡邊武智

渡邊武智のヨガ哲学小話

今から2000年前に成立されたとされるヨーガの根本経典『ヨーガ・スートラ』の中には私達の人生をより豊かにする為の古代ヨーガの賢者達の様々な智慧が記されています。
この経典の中に「イーシュヴァラ・プラ二ダーナによってサマーディーは達成される」という一節が記されています。
イーシュヴァラを日本語に直訳すると神様で、プラニダーナは献身という意味になり一般的に「神への献身」と言われるヨーガの教えです。
ヨーガでは私達の目の前に広がるこの世界の背後に広がる宇宙エネルギーを神と捉えていきます。
ですので目の前で起こる事全てが神様から私達に向けられた意味のある現実という有難いプレゼントなのです。
「神への献身」とは一見意味のないように思える困難な現実だとしても拒絶する事無く、神様の思し召しと捉えて敬虔にその現実を受け入れていくという意味です。
サマーディーは三昧(サンマイ)と訳され、私達が普段使う映画三昧やスイーツ三昧などの様にこの上ない幸せな状態の事をヨーガでサマーディーと言います。

私達の多くが望む現実が起これば「神様ありがとう!」とこの世界を信じ目の前の現実を受け入れる事ができるのですが、ひとたび自分の望まない現実が目の前に差し出されればどうでしょうか?掌を返した様に「神も仏も在った物か」と急にこの世界を信じる事が出来なくなってしまうのではないでしょうか。
ですが、思わず拒絶したくなる様な困難な現実の先にこそ私達が人生に求めている様な本当の幸せが広がっていると古代ヨーガの賢者達は言っているのです。

例えばプレゼントで考えてみましょう。
目の前に広がるこの世界は私達に様々な現実というプレゼントを与えてくれています。ところが私たちの多くが望む現実ばかりを受け取り、望まない現実というプレゼントは受け取り拒否してしまいがちです。ですが思い出してみましょう、私達がプレゼントを渡す時には必ず中身が見えないように厳重に包装紙に包む事を。きっとこの世界も困難な現実という包装紙にプレゼントを包み差し出し私達がこの世界からの問いに「YES!!」と答える事が出来るかどうかを試しているのかもしれません。

私の話になりますが、思春期の頃私は尾崎豊の「15の夜」という曲が大好きでカセットテープが擦り切れるほど聴いていました。
「15の夜」という曲の歌詞は不自由な学校生活で悩む若者の気持ちを代弁した様な歌詞で、内容は15歳でタバコをふかし、盗んだバイクで走り出すという刺激的な歌詞でした。その当時、全く厳しくない両親のもと全く厳しくない高校に通っていたのに勝手に不自由さを感じていた私は尾崎豊の曲の歌詞に刺激され秘密の計画を立てました。
その計画は深夜にこっそり家を抜け出し、歌詞の通りまずはタバコをふかし、そしてバイクを盗み当然免許は持っていないのですがバイクで走り出し、そして不自由な親や学校の支配から卒業するというものでした。(笑)
今思うとなんと間抜けで、バイク乗りにとっては本当に迷惑でしかない馬鹿な行為でした。(この場を借りて謝罪させてください。申し訳ございませんでした。)
地元の悪友から教わったキーなしでバイクのエンジンをかける方法でバイクを盗み出し、特に理由もないのですが不良少年とバイクは横須賀という勝手な想像から横須賀に向かって走り出しました。
夜風を感じながら自由になれた気がした16歳の夜でしたが、その帰り道で巡回中のパトカーに捕まってしまいました。
私も観念し警察官にバイクを盗んだ事や無免許運転の事を正直に話すと警官も驚いていました。
ですが私はひとつ隠し事をしていたのです……。
それは……。
私の父が神奈川県警の警察官だということです。
未成年だった私は親の事を詳しく聞かれ父が警察官だという事を正直に伝えました。
すると、なんと私を捕まえた警察官は私の父と昔に管轄が同じ警察官で私の父を知っていたのでした。
もちろんすぐに父に連絡が行き、その後は迎えに来た父と警察官からこっぴどく叱られました。
私は心の中で思いました。
「説教ばかりする大人たちのいいなりにはなりたくない…」と
その場では、一応反省したふりをし家庭裁判所でも、もう2度としませんと反省しましたが私は全く懲りていませんでした。
それからはもっと不良仲間と連むようになり、学校も行かず非行ばかりを繰り返していました。
20代前半は定職にもつかずドラッグに手を出してしまい、消費者金融から借金を繰り返す始末でした。
親からも勘当され行く当てもない私はDARC(drag addiction rehabilitation center)に入所する事になりました。
そこで薬物を断ち切る様々なプログラムを受けました。
その後、何とか回復する事ができた私はそのままDARCの職員として働く事になりました。
数カ所のDARCで研修をした後、静岡市の施設で長く勤めていた時の事です。
年齢も20代後半になっていました。
学生時代の友人や幼馴染は仕事で昇進して結婚し、家やマンションを購入して幸せそうに生活している事をSNSで知りました。
方や私はというと手に職もなく学歴もない結婚もしていなければ恋人もいない、皆んなとは程遠い寂しい生活でした。
私は毎日夜眠れないほど悩み過去の行いを後悔していました。
「学生の頃バイクなど盗まず真面目に勉強して過ごしていればよかった…薬物などに手を出さなければよかった…自分は何て無駄な時間を過ごしてしまったのか…」と。
そんな落ち込んでいる私を心配したDARCを支援してくれている陽気なフランス人の神父さまが「ワタナベさん、浮かない顔をしてどうかしましたか?」と声をかけてくれました。私はこれまでの経緯と後悔の日々だという事を正直に神父さまに伝えました。
すると神父さまは私に言いました。
「これまで一体いくらドラッグや遊びに費やしましたか?」と
言われるままに計算をしてみると、なんと!!1000万円以上のお金を使っていたのがわかりました。
私はその金額の大きさを知って「なんて無駄な事をしてしまったのだ!」と頭を抱えしまいさらに落ち込んでしまいました。
すると神父さまは頭を抱え落ち込んでいる私に「ワタナベさんが羨ましい!」と言ってきました。
一瞬私は神父さまが言っている事がどういう意味なのか理解できませんでした。
私は「神父さま、羨ましいとはどういう意味ですか?」と聞いてみました。
神父さまは私に言いました。「私は小さい頃から厳しい両親に育てられ親が引いたレールを進んできたのです。本当はワタナベさんの様に少しは悪さもしてみたかった、いろいろな経験をしてみたかった」と。
「ワタナベさんは1000万円でその経験というプレゼントを神様から頂いたのですね。だから胸を張って神に感謝して生きなさい」「yesterday is history, today is giftですよ」と私に伝えて神父さまは帰って行きました。
私は神父さまの言った事がまだ腑に落ちない気持ちでした。
DARCの寮に戻ってからしばらく神父さまに言われた事をよーく考えてこれまでの人生を振り返ってみる事にしました。
確かに私は普通の人とは少し違う人生を歩んで来ていて、今までそれが嫌で到底受け入れられませんでした。
でも神父さまの言う通りこれまでの全ての経験に意味があり私の人生の糧となっている事がたくさんありました。
過去の経験のおかげでDARCの職員として働けるようになり、学校講演や刑務所内での講演などやりがいのある仕事もさせて頂ける様になりました。
全国にいる同じ悩みを抱えている素晴らしいDARCの仲間たちとも出会えました。
それらは私にとってかけがえのない人生の宝物のようなものでした。
もしも私が世間一般で言う普通の人生を歩んでいたら、いまある日々の生活はありませんでした。
ということは、いままで最悪だと拒絶していた私の過去の経験は神様から送られてきた「最高のプレゼントなんだな ぁ」と少しずつ思える様になっていきました。

それからは目の前にどんな現実が差し出されようとも、「これはきっと神様からのプレゼントできっと何か意味があるはず」と神父さまの言葉を信じどんなことも受け入れられる様になりました。私はその後DARC職員の研修で出会った女性と結婚をし3人の子宝にも恵まれました。妻がインストラクターをしていたリラヨガインスティテュートで乳井真介に出会いヨーガを学びました。
今私はリラヨガインスティテュートのシニアインストラクターとして10年近く在籍し、
リラヨガを訪れる多くの生徒さんにヨーガの素晴らしさと私達一人一人に与えられている無限の可能性について伝える仕事をさせていただいています。
今私の日々の幸せはレッスンに通ってくれる生徒さんの笑顔を見る事と、妻と3人の子供達の笑顔を見ることです。
それらは私の人生のプライスレスな宝物になっています。
毎日仕事に育児という時にはとても大変だけれども「心から毎日が幸せ」と思える充実した素晴らしい人生を歩めているのは一見意味のないように思える困難な現実を受け入れたからだと思います。
今では消し去りたいと思っていた暗黒時代の経験全てに感謝できるようになりました。

目の前に広がるこの世界は私達に様々な現実というプレゼントを与えてくれています。ところが私たちの多くが望まない現実というプレゼントは受け取り拒否してしまいがちです。ですが思い出してみましょう、私達がプレゼントを渡す時には必ず中身が見えないように厳重に包装紙に包む事を。きっとこの世界も困難な現実という包装紙にプレゼントを包み差し出し私達が受け入れられるかどうかをを試しているのかもしれません。
これからは誕生日プレゼントを嬉しそうに受け取る子供達の様に、この世界から差し出される様々な現実というプレゼントを拒否する事無く受け取り、その中に隠されている幸せという人生の宝物を見つけ出せますように。

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