東京学芸大学・自由が丘 - ヨガインストラクター資格養成スクール

今月の小話「食わず嫌いの先にある可能性」

毎回一般クラスでリラヨガのインストラクター陣が話すヨガ哲学の小話の中から選りすぐりの小話をご紹介するこのコーナー。今月は吉田紗耶先生の「食わず嫌いの先にある可能性」というお話をご紹介します。

 

皆様いかがお過ごしでしょうか。今日もヨガの哲学のお話から進めて参ります。

今から約2000年前に成立されたとされるヨガの根本経典ヨーガスートラには私たちの生活をより良くしていく賢者の教えが記されております。その中から一説ご紹介いたします。

「神に全てを委ねることによってサマーディーは達成される」

神に全てを委ねること、という意味ですが、私たちは普段、キリスト教なら教会へ行った時、イスラム教ならモスクへ行った時、そして神社にお参りへ行った時など神様という存在を考えますね。
けれどもヨガの世界では神様というのは私たちの目の前に存在しているすべてのこと、起こる事すべてを神様の思し召しと考えます。

何気ない友達からの言葉、助言やアドバイス、また自分がふと目にする広告の文字や入ってくる音楽の歌詞など私たちの目の前にあるあらゆることが神様の思し召しと考えます。

そしてこの一説の「サマーディー」という意味は簡単に説明すると至福感に包まれた状態、光のシャワーを浴びたようなとても幸せな状態を表します。

ですのでこの一説は「目の前に起こるすべての事を受け入れて身を委ねることによって至福感を得ることができる」という教えになります。

私たちは普段自分によって良いことが起こると「神様ありがとう」と素直に思えるのですが自分の苦手なことや嫌いなことが目の前に差し出されると「神様は意地悪だ」と思ってしまう時があります。

けれどもその目の前に差し出されている望まない現実の背後には深い意味が含まれており、それはわたしたちを至福感へ導くためのステップだと気づくことができれば私たちは自分自身の可能性を開いていくことができるのです。

例えば、学生の頃は国語が苦手で学校でその国語の宿題が差し出されます。その差し出された苦手な宿題を避けることなく、こなしていくと、次第に文章が読めるようになり、漫画や本が読めるようになり、新聞や、小説、様々な書物を通して世界と繋がっていくことができるでしょう。

わたしたちは自分の好きなことややりたいことだけをおこなっていくことだけでなく、目の前に差し出された苦手なことや、気の乗らないことを受け入れることで
私たちの人生の可能性はどんどんと広がっていくのです。

私のお話になるのですが、私は現在、ヨガのインストラクターの活動をしながらホテルの和食レストランの仕事をしており、和食のレストランで受付業務をしています。

ある日、そのレストランのスタッフ全員で会議があり、そのミーティング後半にマネージャーから、「ホテルレストランのブログを各部署で書いて提出することになったので、1人ずつ毎月書いていただくことになりました、まず吉田さん書いてきてくれるかな?」
とみんなの前で聞かれたのです。

なぜ私が!?とギョッとした感じになり、ただスタッフ全員の前でもあったし、このヨーガスートラの一説を学んでいる身としては、断るわけにはいかないと思い、「かしこまりました」と苦笑いでその仕事を受けました。

そのレストランブログはSNSにもアップされ、ホテルファンや常連のお客様も見られる内容がいつも書かれており、グルメなファンにとっては毎回楽しみにされてるブログになります。

どんな内容でもいいとのことで私の大好きなお寿司について書くことに決めました。
私はお寿司が大好物でよく学芸大学の駅近のち寿司は大変お世話になっていて、よくお昼ご飯を買いに行くくらいです。寿司シェフとマネージャーに「では夏の鮨ネタについて書くことにします」と宣言したのです。

そしてまず鮨シェフに夏のネタといえばなんでしょうかと聞くと「今なら蝦蛄が一番かな」と言われたのです。

蝦蛄だと?!

皆様、蝦蛄は見たことあるかたいらっしゃいますか?
蝦蛄は甲殻類なのですが、見た目が大きなムカデのような、ザリガニのような、いや、ザリガニの方がまだマシかもしれません。
大きなムカデでまるで深海魚のようなグロテスクな紫色でふにゃふにゃと動く魚です。
私は寿司が大好きなのにも関わらず蝦蛄はそのグロテスクな見た目から食べず嫌いで食べたことがなく、なぜよりによって蝦蛄なの?と愕然としてしまいます。あまり寿司ネタとして逆に人気がなさそうな感じがして不安になり、もし大トロやうになどのネタならまだブログに目を通してくれそうなのに、と思いながら、けれど鮨シェフやマネージャーに鮨のことを書くと言ってしまったのもあり題材を変えることもできず、自分が言ったことを後悔し始めました。

そしてブログ用の写真を苦々しい表情で撮り、自宅へ帰って蝦蛄の情報を集めにかかりましたが、気りがせず、イヤイヤで情報を集めるべくご飯を食べながら携帯で蝦蛄調べていたら、そのグロテスクな見た目に気持ち悪くなってきたほどです。

そして調理方法なども確認すべく出勤してシェフと話をしていたら、「食べてみないとわからないから一貫握ってあげるよ」と言ってくれたのです。

そして生まれて初めての蝦蛄を目の前で、丁寧に握ってもらい見た目にドキドキヒヤヒヤしながら一口で食べてみたのです。そしてその味は・・・

めちゃくちゃうまい!!!


ほんのりと甘くエビでもカニでも違う柔らかい身でその甘さがお酢のシャリとマッチし今まで食べた事ないような味口の中でなくなってしまいました。こんな優しい味があっただと、その日からそのブログの記事についての情熱がぐんぐんと燃え始め、ブログを完成できマネージャーや鮨シェフに原稿を見てもらい、O Kをいただき会社の広報部へ提出しました。

そして数週間たち、広報から連絡があり、Facebookのリーチ数が9000くらいで数週間の中でダントツに多かった!とお褒めのメールが届いたのです。
マネージャーからもお礼の言葉をいただき、お客様にもお褒めのご連絡があったそうで、自分でもびっくりするほど高評価を頂いたのです。

そして後日ふと食べさせていただいた蝦蛄の値段は一貫いくらくらいかとシェフに尋ねるとなんと高い時だと2000円くらいもするのです!!
あのち寿司の2食分くらいのお値段とは、とてもその高級さに腰が抜けそうになりました。(もちろん寿司も大変美味しいのですが)

マネージャーにそのブログの仕事を頼まれた時、断ることもできたのですが、この出来事も何か深い意味が隠されているのかもしれないと思い切って受け入れた時、わず嫌いな蝦蛄が大好きになり、高級なネタを食べることができ会社からの評価もあがり自分自身の世界がさらに広がったのです。

私たちは目の前に望まない現実が差し出された時、苦手なことや、自分が乗り気のないことに誘われた時、それを拒んで自ら自分自身の人生の可能性を閉ざしてしまう時があります。
けれどもその望まない現実の裏には私たちが本当に望む至福感へのステップが隠されているとその現実を受け入れ、身を委ねていくとき私たちはさらに人生の扉を大きく開いていくことができるはずです。

まるで泥の中から美しい花を咲かす睡蓮のように、私たちも目の前差し出されている世界を受け入れ、自らの人生の可能性を広げていくことにしましょう!

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