今月の小話〜金児つぐみ先生

リラヨガのレッスンの冒頭で毎回インストラクターが話す小話の中から選りすぐりのお話を紹介するこのコーナー。今月は毎週水曜19:30開始の入門クラスを担当する金児つぐみ先生の小話をご紹介します。
今から約2000年前に成立されたとされるヨーガの根本経典の1つに『ヨーガ・スートラ』というものがあります。この『ヨーガ・スートラ』の中には私たちがより豊かで幸せに暮らすための古代賢者が残してくれた沢山のヒントが散りばめられています。
今日はその中から、「サントーシャによって、無上の喜びが得られる。」という一説をご紹介します。
サントーシャとは、日本語に訳すと「知足」という意味があり、「足るを知る」こと、つまり自分が既に手にしているものの存在を思い出していくことです。
私たちは多くの場合、ついつい足りないものへ意識を向けてしまいがちです。
しかしそれには理由があり、その昔、水道も冷蔵庫もない時代には、その日必要な水や食料を手に入れられるかどうかは死活問題でした。いち早く足りないものを把握し、見つけ出すことができなければ生き延びることが難しかったため、私たちの遺伝子には常に足りないものに目を向けるようなプログラムがインプットされています。しかし遺伝子の求めるままに足りないものに目をむけ続けると欠乏感が生じて苦しくなってしまいます。
どんなにお金や物に恵めれた環境で生きていても、足りないものに目を向ければ心は貧しいままです。しかし自分が既に手にしているものの存在を思い出す事ができれば、たとえ環境には恵まれなくても、その瞬間から喜びが満ちてきて心は豊かになっていきます。
例えば、喉がカラカラに乾いている時に、コップに水が半分入っていたとします。コップの空いているスペースに目を向けると「半分しか水が残っていない」と欠乏感が生じます。しかし残っている水に目を向けると「半分も水が残っている」と喜びが満ちてきます。どちらもコップの中の水の量は一緒ですが、「あるもの」に目を向けるか「ないもの」に目を向けるのか、心のあり方1つで喜びが生じることも欠乏感が生じることもあるのです。
「そんなことを言われても、私にはすでに手にしているものは何もない」と思った人もいるかもしれません。しかし、足が不自由な人にとっては自由に歩いてどこにでも行くことの出来る両足は何億円払ってでも手に入れたい貴重な財産です。
同じように目が見えることや耳が聞こえること、匂いや味がわかることなど、普段当たり前になってしまっている現実もそれを手にしていない人にとっては「なぜそんなに素晴らしいものを持っているのに喜べないの?」と突っ込みたくなるような素敵な宝物なのです。
私の話をしたいと思います。
石川に住む祖母から月に1回程度、野菜や卵などを送ってもらっています。
私は幼い頃からミニトマトが大好きで、それを祖母も知っているのでいつも美味しいミニトマトを6〜7パック送ってくれます。私は大好きなものは先に食べてしまうタイプなので、大量のミニトマトを早い時は1週間で食べてしまったこともあります。
そのため月の半分以上は自分でミニトマトを調達しなくてはなりません。
毎日美味しいミニトマトを好きなだけ食べたいと思うのですが、石川県産の美味しいミニトマトを食べなれてしまった私は、近所のスーパーのミニトマトでは満足することができませんでした。
そして今年、プランター栽培を始めたいと思い何を育てようか悩んだ際、祖母の送ってくれるような美味しいミニトマトがスーパーで手に入らないのなら、ミニトマトを育ててみようと思いました。
大好きなミニトマトがたくさん食べられることを想像しただけで私はワクワクしながら、栽培に必要な道具を揃え、とても大きな期待を胸にミニトマトのタネを植えました。
そして毎日ミニトマトに水をあげ観察していたのですが、タネの袋に書いてあった発芽する目安の日を過ぎても一向に発芽する気配がありませんでした。なかなか発芽しなかったので、早速失敗してしまったのかもと残念に思いました。しかしタネを植えたプランターをその後どうしていいか分からず放置していると、忘れた頃に芽が出てきました。一安心したと同時に美味しいミニトマトができることに期待が膨らみました。
そして数ヶ月が経ち、緑色の実ができました。
せっかちな私は実ができたらあっという間に赤く色づいて食べれるようになるだろうと思っていました。しかし、なかなか赤くならず、葉っぱがどんどん枯れていく。
今度こそ失敗してしまったかもと思いました。インターネットで調べてみると、栄養不足かもしれないとわかりました。解決方法として肥料をあげるといいと記されていたので肥料を用意することにしました。しかし市販の肥料は化学的なものがたくさん入っていて、栄養士の私としてはすごく抵抗がありました。安全で美味しいミニトマトが食べたい私は他の方法はないかと思っていると、私が小学生の頃に曽祖母が残飯を発酵させて畑にまいていたのを思い出しました。そのことを思い出した私は身近にあるもので肥料が作れないかと思い、調べてみると、米のとぎ汁を1週間ほど発酵させると肥料になることがわかりました。米のとぎ汁ならすぐ手に入るし時間はかかるけれど、安全なのでやってみることにした。そして1週間が経ち、出来上がった肥料を確認すると、梅雨の時期に1週間発酵させた米のとぎ汁は腐敗臭がすごくて、お鼻が曲がりそう。そしてマンションのベランダにおいていたプランターに肥料をまくとベランダ中が生ゴミ臭で満たされて、マンションの上下左右の人からクレームがこないかドキドキしながら数日間異臭がしていました。
こんな悪臭を放つ肥料を与えて本当に美味しいミニトマトになるのか、臭いミニトマトができあがらないかとても不安にもなりました。
しかし、しばらくするとそれまでなかなか赤くならなかったミニトマトたちが一気に赤く色づき始めました。
こうして何度も失敗したかもと不安になりながら、首を長くして待っていたミニトマトがようやく完成しました。
完成したミニトマトの見た目はスーパーで売られているミニトマトと同じように綺麗な形と色で美味しそうに見えました。
そしてたくさん時間と手をかけたので絶対美味しいに違いないと思っていました。
そして大きな期待を胸に、ミニトマトを収穫し食べてみると、今まで食べたどのミニトマトよりも青臭く、皮が硬くて、酸味はないけど野性の味がしました。一言で言うと美味しくなかったんです。とってもとってもがっかりしました。そしてたくさん収穫できると思っていたのですが1パック分も収穫できませんでした。
収穫量が少なかったので結局、近所のスーパーでミニトマトを買うことにしました。
すると1パック150円くらいのお手軽なミニトマトでしたが、私の作ったミニトマトよりはるかに美味しいミニトマトに出会いました。
そこで私はハッとさせられました。美味しいトマトがたくさん食べたいと思いミニトマトのプランター栽培を始めましたが、自分の手では美味しいトマトができなかったことで、美味しいミニトマトを祖母から送ってもらえていることがどれほどありがたいことなのか、再確認することができました。
そして、今スーパーで販売されているミニトマトはどれもだいたい甘くて皮も薄く、美味しいものが多いですが、その美味しいミニトマトを作るためには本当にたくさんの時間と手間がかかることをプランター栽培をしたことで身をもって体験しました。この経験によって美味しいミニトマトを食べたいと思った時に手軽に手に入れられる私は十分足りていたことに気づきました。自分が足りていることに気づくと、変わらない日常に豊かさや幸せを感じることができました。
私たちはもうすでに多くのものを手にしているにも関わらず、足りないものに目が向き不満ばかり抱いてしまいます。しかし自分がもうすでに手にしている宝物の存在に気づく事ができた時、私たちはこの上ない喜びを感じ、変わらない日常にも幸せや豊かさを感じることができます。
今日のレッスンではまだ手にしていないものに目を向けるのではなく、もうすでに自分自身が手にしている素敵な宝物を見つける準備を始めていきましょう。
日々豊かさを求めて次々と新たなものが開発され、多くのもので溢れる現代社会の中で、必要最低限のものだけを持ちそこに豊かさを見出すミニマリストのように、私たちも必要以上を求めず、豊かな心を手に入れる準備を始めていきましょう。